La Symphonie Pastorale

La Symphonie Pastorale (Folio Ser .: No 18)
La Symphonie Pastorale
著者:André Gide
発表年:1919
オススメ度:★★★★
読了日:2016.06.11、2017.11.25、
2018.03.24

あらすじ

妻や子供たちと、スイスの片田舎に住む、語り手である牧師は、ひょんなことから、Gertrudeという盲目の少女を預かることになるが・・・

私の感想、レビュー

(一回目読了時、2016.06.11)

1947年ノーベル文学賞の受賞者、アンドレ・ジッドによる代表作「田園交響楽」、この度初めて読みました。

Si vous étiez aveugles, vous n'auriez point de péché.

Pour moi, étant autrefois sans loi, je vivais; mais quand le commandement vint, le péché reprit vie, et moi je mourus.

父親が厳格なプロテスタントで、自身もプロテスタント、ただ、この作品を書いていた頃、ジッドの周りはカトリックに改宗する人が多かったそうで、語り手が牧師であることからも、キリスト教の教義がテーマになっています。

ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟でも、「神がいなければ、全てが許される」というイヴァンの有名なセリフが出てきますが、通じるところがあると思います。

The things one feels absolutely certain about are never true. That is the fatality of faith, and the lesson of romance.
「The Picture of Dorian Gray」著:Oscar Wilde

また、上のセリフも、この作品を読んでいて、思い出しました。

短めの作品ですので、無理なく読むことが出来て、それでいて、内容はとても深い、素晴らしい作品だと思います!

私の感想、レビュー

(二回目読了時、2017.11.25)

一年半くらい前に読んだ、ジッドの「田園交響楽」、この作品は、雪深いスイスの田舎町が舞台なので、最近、寒くなって冬らしくなってきたせいか、急にまた読みたくなって、手にしました。

前回は、理解できない文章も多かったように思いますが、この一年半で、フランス語力がさらにアップしたためか、今回は、まだ辞書を引きながらですが、9割近く理解できました!

上達の実感があって本当に嬉しく、タイトルの通り、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を流しながら読んで、とても楽しい時間を過ごすことができました♪

Dès l'enfance, combien de fois sommes-nous empêchés de faire ceci ou cela que nous voudrions faire, simplement parce que nous entendons répéter autour de nous: il ne pourra pas le faire...

Ceux qui ont des yeux sont ceux qui ne savent pas regarder.

ネタバレになるといけないので、あまり詳しくは書けませんが、読んでいて、倫理や道徳というものは、自分の感情を正当化するための口実だったり、上の人間が、自分たちの都合の良いように、下の人間を支配するための洗脳みたいなものだったりで、倫理的なことや道徳を語りたがる人間は、本当に信用できないなあと、再認識させられました笑

話の内容は悲劇的で、また、この語り手の牧師が、家族のことを愚痴りまくるので笑、本来なら、決して気分の良いものではない、ハズなのですが、文章が綺麗なためか、なぜか美しくて、何度も読みたくなる、不思議な作品です。

私の感想、レビュー

(三回目読了時、2018.03.24)

4か月くらい前に読んだばかりのこの作品ですが、雪に閉ざされた、アルプスの麓の寒村が舞台なので、毎年、この季節に読みたくなり(最近、東京は、既に桜が咲き始めていますが笑)、また、読んでしまいました。

まだ、長い複雑な文章になると、辞書を引きながらでも、理解できないことが多々あるのですが、それでも、前回よりも、さらに、フランス語の理解度がアップした実感があって、嬉しいです!

読んでいて、子供を、清く正しい、いい子にしようとすればするほど、子供はグレて不良になることがよくある、と聞きますが、同じ原理で、徳だとか、愛だとか、利他だとか、与える人になるだとか、世のため人のためだとかは、一見、正しいように聞こえますが、実際は、意図的にやろうとすると、むしろ、逆の結果を生んでしまうことが非常に多い、なんだか、そんな感想を抱きました。

本人にそういった目的意識がないのが、実は、一番、健全なのかもしれませんね。

特に、聖人ぶってるものの、言ってることとやってることが違う、しかも自分ではそれに気付いていない、論理武装ならぬ、倫理武装をしている、この語り手の牧師を見ていて、ニーチェの次の言葉を思いだしました。

Misstraut allen Denen, die viel von ihrer Gerechtigkeit reden!
正義を叫ぶ人間を信用するな!
「Also sprach Zarathustra」著: Friedrich Nietzsche

ただ、特別、この牧師はけしからん!ということでもなく、程度の差はあれ、人間はみんな(もちろん、私も含めて笑)、自分が罰せられることへの怖れから、防衛本能で、自分を正当化したがる、自分の不完全さは棚に上げて、人の不完全さを責めたてる、「自分はいいけど人はダメ」という生き物だ、ということだと思います。

「私たち人間って、みんな、そんな、困ったちゃん、だよねえ」という感じで読んでいると、なんだか癒される作品でもあり、また、とにかく、文章が本当に綺麗で、長編にしては短めの作品ということもあって、読みやすいためか、何度も読んでしまう、私のとっても好きな作品です。